伝統模様とブランド保護の衝突-ダミエ柄商標権の事例
本記事では、ルイ・ヴィトンのダミエ柄の商標権の侵害に該当するとして、市松模様の珠数入れを販売していた会社が警告を受けた事例を紹介します。
事例の概要
市松模様の珠数入れへ商標権侵害の警告
2020年、市松模様の珠数入れを販売していた滝田商店に対して、ルイ・ヴィトンが、自社の商標権の侵害に該当する旨の警告書を送付しました。 この警告を受けて、滝田商店は、この珠数入れをウェブページに掲載して販売することをいったん停止する事態となりました。
特許庁へ判定請求(ダミエ柄の商標権に侵害するか否か)
しかし上記の珠数入れ販売停止の解除を目的とし、珠数入れのメーカーである神戸珠数店が、特許庁に対して、この珠数入れがルイ・ヴィトンの商標権に侵害しない旨を確認するための判定請求(判定2020-695001)を行いました。
なお本件は、裁判所における商標権侵害訴訟ではなく、特許庁の判定制度が利用された事例です。判定制度は、特許庁が、請求に応じて、商標権や特許権、意匠権などの効力範囲を、中立・公平な立場から判断を示す制度です。判定は、行政サービスの一種であり法的拘束力はありませんが、特許庁の見解を示す証拠資料として利用できます(参考:特許庁判定制度ガイドブック)
ルイ・ヴィトンはダミエ柄に関して日本で複数の商標登録を有していますが、今回判定請求の対象となった本件商標(国際商標登録第0952582号)は、以下の通りです。

※画像出典 特許情報プラットフォーム
判定の請求人である神戸珠数店は、イ号標章として下記の商品パンフレット等を提出し、こちらの袋物(珠数入れ、経本入れ、御朱印帳入れ等の袋物)が上記商標権の効力の範囲に属するのか、特許庁の判定を求めました。


※画像出典 特許情報プラットフォーム
イ号標章(市松模様の数珠入れ)は商標権の侵害に該当しないとの結論
特許庁の判定では、イ号標章は、一般的な市松模様にすぎず、識別標識として機能しないから、商標権の侵害に該当しないとの結論でした。
判定文を、一部抜粋して紹介します(一部を筆者が太字にしています)。
『…イ号標章は、使用商品の全面に付されているものであって、上記2(3)に記載があるとおり、布地などに用いられる日本古来の模様として広く一般に知られ、親しまれている「市松模様」と同様の態様といい得るものであること、そして、使用商品に係るパンフレットにおいて、「市松模様」、「市松柄」及び「市松生地」の語が、使用商品の布地の模様を表すものとして、商品説明中に記載されていることを併せてみれば、イ号標章は、使用商品である「珠数入れ、経本入れ、御朱印帳入れ等の袋物」に使用される布地の模様である市松模様として認識されるにすぎないというのが相当である。 そうすると、イ号標章は、その使用商品との関係において、当該商品の布地全面の模様として使用された、日本古来の模様として広く一般に知られ、親しまれている市松模様にすぎないから、自他商品の識別標識として機能するような態様で使用されているものとはいえない。』
『…イ号標章は、需要者が何人かの業務に係る商品であることを認識することができる態様により使用されていないものと認められるから、商標法第26条第1項第6号に該当する。』
『…イ号標章は、商標法第26条第1項第6号に該当するから、本件商標とイ号標章との比較及びその指定商品と使用商品との比較をするまでもなく、本件商標の商標権の効力の範囲に属しないものである。』
本件商標(ダミエ柄)とイ号標章(市松模様の数珠入れ)の類似は判断されなかった
商標権は、登録商標の使用を独占し、その類似範囲において他者の使用を排除する権利です。このため、基本的に商標権の侵害の場面では、本件商標とイ号標章が類似するかどうかが問題となります。 しかし本件では、上記判定文の『本件商標とイ号標章との比較及びその指定商品と使用商品との比較をするまでもなく』とあるように、そもそも本件商標とイ号標章が類似するかどうかは判断されませんでした。
イ号標章(市松模様の数珠入れ)は商標法26条1項6号に該当する
今回、神戸珠数店の商品(珠数入れなどの袋物)では、布地前面の模様として市松模様を使用しているにすぎないことから、商標法26条1項6号に該当する、と判断されています。
商標法26条は、商標権の効力が及ばない範囲の規定です。本件が該当した商標法26条1項6号では、需要者が何人かの業務に係る商品又は役務であることを認識することができる態様により使用されていない商標、いわゆる商標的な使用ではない商標には、商標権の効力が及ばないと規定されています。
なお、本事例は、あくまで神戸珠数店の市松模様の数珠入れが、ダミエ柄の商標権を侵害しないと判断されたものであり、ダミエ柄の商標権自体の有効性が否定されたわけではありません。本件商標(国際商標登録第0952582号)自体は、全体として識別性のある商標と判断されて商標登録が認められたものと推測され、現時点(2025年2月時点)でも権利存続しています。
事例からの気づき
企業活動においては、自社のブランドを守るため商標権を主張する立場になることもあれば、他社から商標権を主張される立場になることもありますが、どちらの立場でも、今回の事例は参考になります。
自社のブランドを守る-商標権を主張するとき
商標登録を得て終わりではなく、自社でその商標権を主張していかなければ、模倣品を排除して、自社のブランドを守っていくことができない恐れがあります。 本事例に関しては、日本の伝統的な市松模様の数珠入れにまで商標権を主張するのは、さすがにやり過ぎではないか、という声も多かったように見受けられるものの、ルイ・ヴィトンのブランド保護に対する強固な姿勢が伺えます。 商標権者側からすれば、自社のブランドとよく似ているように感じても、商標権の侵害に該当しないケースもありますが、法律の制約をふまえつつも、積極的なブランド保護策を検討していくことが重要です。
商標権侵害の警告を受けた-商標権を主張されたとき
他社から商標権侵害の警告を受けた時点で慌ててしまい、専門家に相談する前に、商品の販売を停止してしまった、相手方に謝罪の文面を送ってしまった、というケースを聞いたことがありますが、そのような対応は非常に危険です。 自社が使用している商標が、一見して相手方の商標権によく似ているように感じても、商標権の侵害に該当しないケースもありますので、専門家に相談し適切な対応を行う必要があります。 警告に対しては、専門家を通じての回答や交渉など相手方との話し合いで解決できる場合もありますし、本事例のように特許庁の判定制度を活用することなども考えられます。
以上、伝統の市松模様の袋物について、ルイ・ヴィトンのダミエ柄の商標権侵害が否定された事例を紹介させて頂きましたが、貴社の商標対応の参考になれば幸いです。
2025年2月25日 弁理士 松下智子