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2025.09.03

≪連載≫ ブラジルの商標制度について-外国商標制度その13-

ブラジルの商標関係で、一番の印象は、商標法条約(TLT)の議論のときに、「Business Identifer」(営業表示)という概念を主張していたことです。商標、商号、ドメインネームなどの知的財産を包括的に扱う提案をしていました。インターネット時代におけるビジネスの識別表示を包括的に保護しようとする先進的な提案でした。

結局、ブラジルでも、その計画は実現しておらず、商標はブラジル産業財産法でINPIが担当し、商号は民法で商業登記所が扱っています。単一の制度では無理があったのだと思いますが、発想自体は素晴らしいと思いました。

アメリカでは、単一のLanham法(ラナム法)で商標登録と不正競争が取り扱われており、大きな方向性としては、ブラジルの考え方は、正しいような気がしています。

ブラジルは、地球の裏側であり、地理的には遠いですが、ブラジル移民などもあり、日本とは関係の深い国です。海外で最大の日系人コミュニティがあるとされます。

公用語はポルトガル語です。ポルトガル語の書類の翻訳で悩んだ方も多いと思います。

ラテンアメリカ最大の経済大国であり、面積・人口とも世界第5位で、これはラテンアメリカ最大です。アマゾンの熱帯雨林が特長で、カトリック教徒が人口の過半数を占めます。

首都はブラジリアです。有名な都市としては最大都市のサンパウロやカーニバルで有名なリオデジャネイロ、フリーゾーンで有名なマナウスなどがあります。ナポレオン戦争時、ポルトガルの首都がリスボンからリオデジャネイロに移管されたこともあったそうです。

主な産業は、農業(コーヒーは世界の3分の1、オレンジ、大豆、牛肉など)、鉱業(鉄鉱石、ボーキサイト、ニッケル鉱)、原油などの資源関係です。先端技術では、エンブラエルという航空機メーカーもあります。

https://www.embraer.com/en/

商標を管轄する官庁は、ブラジル産業財産庁です(INPI)です。

ブラジルの商標制度の特徴

(1)登録主義

商標権は登録により発生します。

(2)審査主義

審査が、「識別力」「先行商標との関係」などを審査をします。

(3)先願主義

商標が重複するとき、最先の商標登録出願人が登録を受けることができます。

出願時

(1)新しい商標

立体商標は2009年から登録を認められ、音商標・動き商標・位置商標は2023年からの登録が認められます。

(2)多区分出願が可能

従来、ブラジルでは1出願で1区分しか指定できなかったのですが、2019年のマドプロ加盟の関係で、ブラジルでも多区分出願が可能となっています。

審査

(1)特許庁からの連絡

ブラジル産業財産庁(INPI)からの連絡は、出願人(商標権者)に、直接通知が来るのではなく、「公報」を通じてなされます。公報が一番確かな連絡方法だったという歴史からきているそうですが、非常にユニークです。

他国のように、郵送をするという方法ではありません。出願人や権利者は、自身の出願状況や関連情報を定期的に公報で確認する責任があり、現地代理人を通じてこれらの情報を入手することが重要となります。

(2)実体審査前の異議申立

商標出願は、方式審査後、出願公告されます(出願公開と考えても良いのですが、正式な異議申立の機会を与えるという意味では、公告です)。公告後、60日間、異議申立が可能です。利害関係人は、この期間に異議申立が可能です。審査官による実体審査は、この異議申立を加味して、行われることになります。

審査官の実体審査着手前に異議申立や反論書(答弁書)の提出が可能というユニークな制度です(ベトナムとインドネシアが同様な制度です)。

(3)審査期間

以前は、2-3年かかっていたのですが、現在は、1年程度です。なお、マドプロは18か月の留保をしています。

また、早期審査も採用しているようです。

(4)スローガンの識別力

ブラジルでは、スローガンは記述的とみなされ、識別力が無いとされていました。他国では、十分に登録になっているスローガンが、登録されませんでした。そして、「登録済みのハウスマーク+スローガン」の商標でも、分離観察され、スローガン部分に識別力がないという理由で、全体が拒絶されていました。

2019年の規則改正と2022年のガイドラインで、この基準が緩和されています。独創的で創造的な表現があったり、他の要素との組み合わせがあったり、使用による識別力の獲得があると、登録が認められるようになっています。

過去登録できなかったスローガンも、再度、出願してみる価値があります。

その他の制度

(1)マドプロ出願が可能

2019年10月2日から、ブラジルを指定したマドプロ出願が可能となりました。ただし、ブラジルでマドプロ発行する前の国際登録を基礎に、ブラジルを事後指定することはできません。

重要な点として、マドプロ利用の出願についても、事前に現地代理人の選任をしておかないと、出願人は異議申立が発生している確認ができず、そのために反論書(答弁書)が提出できないという点です(暫定拒絶理由通報後に意見書は出せます)。

公報による連絡と、実体審査前の異議申立という、ユニークな制度が二つ重なると、他国から見ると信じられない運用になります。ブラジルを指定したマドプロ出願では、現地代理人を指定しておくことが安全です。

なあ、マドプロの二段階納付が、2025年9月20日のブラジル指定案件から廃止されます。

(2)同意書

同意書は考慮の対象にはなりますが、審査官を拘束するものではないとされています。

(3)権利不要求

識別力の無い部分をディスクレームする制度があります。

(4)著名商標の認定制度

日本と同様に、周知商標と著名商標という概念の使い分けがあります(多くの国では、「Well-known trademark」=「周知商標」で、著名商標という概念がないことがあります。すなわち、一般には、海外で周知商標という言葉は、日本の周知商標と著名商標を含む概念です)。

著名商標とは、ブラジル国内全体で非常に高い知名度を持っている商標であり、全ての商品やサービスにおいて保護されます。

著名商標の認定のためには、マーケティング活動、売上高、広告投資、メディア掲載、世論調査の結果など、商標がブラジル国内全体で広く知られていることを示す証拠を提出しなければなりません。これをするには、相当な準備が必要です。(著名商標の認定は、他には中国の馳名商標などがあります。)

有効期間は10年で、期間を延ばすには、再認定が必要です。

(5)登録取得のための先使用の主張による登録取得

産業財産権法第129条1項には、「優先日または出願日において、ブラジル国内で少なくとも6か月間、同一または類似の標章を善意で使用していた者は、当該標章の登録を受ける優先的権利を有するという」という条文があります。単純な先願主義の欠点を、一部、是正するものです。

この規定を更に進めたものとして、2021年に最高裁判所の判例が出ています。従来以上に、登録主義の欠点である「悪意の出願」を排除し、真の権利者(オーナー)を保護しようという趣旨です。

  • 要件: 善意で5年以上にわたり商標を使用し、かつ他者がその商標を登録してしまった場合。
  • 効果: 登録後5年以内であれば、その商標の使用継続を主張し、先行登録に対抗する権利が認められます。単に登録を無効にするのではなく、両者の併存を認めるのが一般的な解釈です。

相手の登録を無効にして自分の権利化する方法を取らずとも、併存登録されるなら、一つの平和的な解決策になります。

(6)料金改定

2025年9月20日以降は、出願時に10年間の登録料を納付することなります。出願時に登録時の手数料を支払う制度は、商標の場合は多くの国で採用されています。

ライセンス規制

外貨が流出すると困る場合、ライセンス規制があります。

しかし、ライセンス規制があると、企業はブラジル進出を躊躇します。そのため、グローバル化を促進し、ブラジル市場に参入しやすいように、2021年からは、ライセンスや送金の規制が大幅に緩和がされました。

以前は、➀料率の規制、②送金時の規制、③ライセンス時のINPIへの設定登録義務(事前承認)がありました。ロイヤルティの料率は、1)商標は1%が上限で、2)特許と商標のセットの契約の場合は上限が1%~5%で、上限の料率は技術分野や商品毎に決まっていたようです。現在は、料率の上限は無くなくなり、INPIへの設定登録は任意になりました。それでも、銀行が、送金時には、INPIへの登録証明書を要求することもあるようです。

法制度は緩和はされているようですが、ライセンスとロイヤルティは、非常にセンシティブな問題ですので、必ず、現地代理人に最新の動きを確認して、行動するようにしてください。

基本的には、ブラジルの商標制度がグローバル標準に近づいてきていると評価できます。

日本と中南米諸国の商標制度は、制度の基本的な発想は近いのですが、ブラジル法は、独自の進化をしているようです。各制度の考え方には、参考になる部分があるように思います。

2025年8月27日 弁理士 西野吉徳