インドにおけるJPO標章事件に関する考察
今回は、日本国特許庁が原告となった商標事件についてご紹介します。
インドにおけるJPO標章の侵害仮処分事件と商標登録異議申立事件
インドで、日本国特許庁(Japan Patent Office。以下、JPOと言います。)が原告となった商標権・著作権侵害の民事事件と商標登録異議事件が発生しています。読者にとって、非常に面白いケースであり、海外における商標登録の必要性と権利行使の重要性を示しています。インドのRemfry事務所から情報をもらい、事件の概要を記載しました。また、弊所はコメントをまとめています。
1.事件の概要
・決定:原告の申請に基づき、被告がJPO商標を使用することを差止める仮処分を認めた(2023/10/11日)
・原告:JPO
・被告:A2Z Glass And Glazing Co., Future Architecture Glass Fitting and Future Overseas
・裁判所:インド デリー高等裁判所
・問題の標章:
図形+JPOの文字(ロゴ)
・JPOのウェブサイトに、図形+JPOが紹介されています。JPOは、ヘッダーには図形+特許庁/JAPAN PATENT OFFICEと使っていますが、フッターには、JPO付きで使っており、使い分けをしているようです。
JPOは、特許、実用新案、意匠、商標の登録をしている日本の政府機関である。設立は、日本での特許法の制定に関係するもので、1885年4月18日である。欧州、韓国、中国、米国の知財機関と共に、世界の5大特許庁とされている。現在、JPOによって使用されているロゴは、工業所有権制度の125周年を記念して、ロゴデザインのコンペを経て、2011年に採用されたものである。
2023年初頭に、JPOは、被告が、原告と同一のロゴを使用して「tools and kits」 の製造と販売をしていることを発見した。被告のビジネスはガラスコネクターやガラスドアハンドル、人工的なガラス部品、シャワーハンドル、シャワーヒンジなどであった。関連して被告は、「JPO PLATINUM」標章を商標登録出願したが、こちらは、JPOにより商標登録異議申立がされている。
標章の使用例:
出願された標章:
図形+JPO PLATIMUNの文字 (ロゴ)
裁判所は、JPOの世界及びインドにおける評判を認識している。裁判所は、2006年にJPOがインドの特許・意匠・商標庁の長官(CGPDTM)と知財分野における協力についての合意書を締結したことに注目した。更に、2015年の知財協力覚書により、JPOとCGPDTMは、知財権の品質を保ちながらスピーディな処理や処分をするという協力関係にある。日本はインドがPatent Prosecution Highway(PPT)を2019年に初めて締結した国でもある。訴状によると、CGPDTMの新任特許審査官についての研修コースや、PPHに造詣の深いJPOの担当者をインドに送るという新たなアクションプランを拡張している。
裁判所によると、JPOはインドにおいて有利になる、登録された商標や登録された著作権を有していないけれども、インドにおいて過去数年にわたって、JPOは認知され、信頼されてきたことを示す十分な証拠がある。JPOがロゴは他者には真似できないものであると考えることは全く自然であり、これがJPOがその権利を商標登録や著作権登録の出願をして来なかった理由である。被告による、JPOのロゴと同じ色彩配色で同一態様である被告のロゴは、疑いなくJPOのロゴを完全に真似ている。これはJPOの信用を侵害し、仮差止めを出す一応の証拠となる。もし、今回のケースで差止が認められなければ、JPOの商標の希釈化やブランド価値と共に名声や信用につき回復できない損失や被害が生じる。
さらに、JPOのロゴはオリジナルの芸術作品であり著作権により保護されている。創作時から日本はWTO加盟国であるから、1957年のインド著作権法第14条によると、JPOはこのロゴについて独占権を有している。その結果、裁判所は最初のヒアリングの時に仮の差止めを認め、被告は、どのような商品・サービスについても、JPO Platinumロゴ及びJPOのロゴや標章を使用をしないように即時に効力を発する命令を出した(商標権侵害とPassing Offです)。本訴は進行中であり、2024年2月28日の裁判でのヒアリングで議論される。
また、被告は当該標章を商標出願していた。商標局の記録からは、JPOによって異議申立された標章の状況を確認することができ、相手方からはまだ答弁書が提出されていないことが分る。被告がJPO標章を使用することを妨げる命令が出されたことから、商標局で出願が登録になることは考えにくい。裁判所は、命令の中で、被告によるJPO標章と同一の商標の採用は不誠実であることが明白であるとしており、商標局はおそらく、被告によって出願された商標登録出願を拒絶し、却下するだろう。被告が商標局に答弁書を提出していないことからも、同様のことが言える。
2.コメント
まだ、仮処分の段階ですので、本訴はこれからです。
ただし、この段階でも、この事件は、色んなことが云える事件です。
特に造語ではないような、ハウスマークがあったとして、それが他国で第三者によって使用された場合、どう考えて、行動すれば良いでしょうか?
今回の被告が、なぜ、このようなJPOの標章のコピーをしたのかでしょうか。敢えて火中の栗を拾った感じもします。被告の意図は不明ですが、よほどこの標章が気に入ったのでしょうか。あるいは、日本国の行政官庁が、わざわざインドで裁判までしてこないと思ったのでしょうか。
今回、「JPO」の言葉が使用されていただけなら、なお、「JPO」の文字はアルファベットのランダムな三文字の組合せでしかなく、同じ「JPO」という商標が別の国で、別の分野で併存しても、別段、不思議ではありません。文字だけなら、JPOも、異議申立程度はともかく、民事訴訟まではしなかったのではないでしょうか。しかし、図形を使われてしまうと、相手方の悪意が明確ですので、JPOとしても放置はできません。
貴社が、今回の日本国特許庁のような状況になったとき、どのようなことが考えられるでしょうか。弁理士の立場、企業の商標管理の立場、企業のブランドマネジメントの立場から、考えてみました。皆さんの会社でも、侵害の原因や結果、課題や対策について、話し合ってみてはどうでしょうか。
(1)弁理士の立場からの分析
今回の訴えの根拠は、商標権侵害・不正競争防止法違反・著作権侵害がミックスされたものです。
まず、図形部分は著作権法違反であることは明確です。著作権は既にインドにおいても発生しているので、この主張は可能です。
一方、「JPO」「JPO PLATINUM」という文字については、著作権侵害では対処できなかったと考えられます。商標については、商標登録が無い場合は、商標権侵害にはなりません。(ただし、使用主義国では、未登録でも周知商標の場合は、保護があたえられることはあります。)
出所混同という点については、JPOの事業の業態と、被告の事業の業態が相当に違うことから、出所混同は生じないのではないかという反論は十分ありえます。また、ダイリューションや、広義の混同(企業混同)などの理論はあるとしても、それを加味しても、事業内容は少し遠いなという気がします。
今回は、図形と文字の完全なデッドコピーであり、善悪が明確ですし、また、インドの裁判所が、インドの商標登録機関がお世話になっているJPOに配慮をしたという事情も加味して、好意的に判断してくれたような気がします。
もし、ある民間企業のハウスマークが、例えば「ABC」標章であり、インドで関係ない企業が「ABC」標章を使ったとして、商標法や不正競争防止法のような出所混同的な法律の保護が得られるかどうかは微妙です。余程の著名性がないと保護されないと思った方が良いと思います。
そうなると、対策としては、国や商品・役務の範囲という視点で、できるだけ広く、商標登録を国内外で取得しておくべきということになります。
(2)企業の商標管理の立場からの分析
もし、JPOが、今回の標章を例えば、第45類の工業所有権のサービスのあたりで登録していれば、区分が違ったとしても、出所混同の認定にも、また、第三者の使用の抑止という意味でも、ある程度の意味はあるような気がします。
やはり、標章を使うなら、商標登録出願は必須だと感じます。たとえ一つでも登録があると、ダイリューションの理論を経由して、商標権侵害を認定しやすい面があるので、JPOも、今回のマークを、全世界で、第45類だけでも、出願しておいても良いかもしれません。
さて、J-PlatPatで、出願人名を「特許庁」と設定して検索すると、2018年以降の地域団体商標の標章から出願が行なわれているようです。今回の標章は2011年採用のものですので、この当時は日本国内でさえ商標出願はしていなかったと思われます。
最近は、日本において、政府や地方公共団体も、ロゴを使った宣伝・広告のようなことをよく行なっています。ひと昔前であれば、政府や地方公共団体が、商標出願すること自体があまりなかったのすが、行政も、今や、手法が民間の手法を使っており、政府や地方公共団体だから、商標出願しなくても良いという時代ではなくなっているなと感じます。今後は、行政サービスでも、商標出願は必要ではないかと思います。
なお、JPOが、面倒な外国出願を体験すると、民間企業の外国商標実務の苦労が身に染みて分かりますので、この意味でも行政にプラスがあるように思います。どんどん、日本の行政官庁にも外国商標出願をして欲しいなと思いました。
(3)ブランドマネジメントの立場からの分析
ブランド戦略というと、目標管理のようなブランドの目指す姿の社員への落とし込みや、積極的な広報・宣伝が注目されることが多いですが、法務担当者・知財担当者が留意すべきブランド戦略は、使用権の確保・権利確保と並び、やはり模倣品対策や異議申立という係争対応ではないでしょうか。
出願や権利は武器ですので、攻めの道具です。そして、武器の保有は守りの道具(抑止力)にもなります。しかし、係争で争って、勝ってこそ、折角の武器を有効に活用できたということになります。実は、今回のような係争対応をすることは、法務担当者・知財担当者がトッププライオリティで行なうべき、企業のブランドを強くする方法です。
広告宣伝する予算の数パーセントを、係争対応の予算に計上し、日本を含む全世界で、積極的に権利行使するようになれば、日本企業のブランド力は間違いなくアップします。
出願して権利網を築くだけでは、防衛効果しかありません。裁判を提起し、その主張が裁判所に認められ、上手く勝つと、マスコミも伝えてくれますので、広告効果が期待できます。日本企業から見ると、欧米企業の商標係争は派手ですが、彼らの行為は、意図せずにブランド力向上に寄与しているのだと思います。
全く業態が異なることから、文字だけなら、JPOとしても放置する選択肢があったように思います。しかし、今回、図形もあるので、JPOはインドで訴訟を起こしています。JPOのような日本の行政官庁が海外で訴訟を起こすこと自体、非常に珍しいことです。JPOが、日本国民に、海外で訴訟をすることの重要性を、率先垂範で示した、良い判断であったように思います。
以上
情報提供元:Remfry & Sagar
2024 年1月15日
Authense弁理士法人
弁理士 西野吉徳
あとがき
2024年初めてとなる知財情報をお届けしました。JPOが原告となる珍しいケースです。社内ディスカッションのトピックとしていかがでしょうか?
今後も、お客様のビジネスに役立つ知的財産権の最新情報をお届けします。本年も、どうぞよろしくお願いいたします。