商標法に関連する法改正
知的財産の分野におけるデジタル化や国際化の進展などの環境変化を踏まえ、スタートアップ・中小企業等による知的財産を活用した新規事業展開を後押しするなど、時代の要請に対応した知的財産制度の見直しを図ることを目的に、世知的財産制度の大幅な見直しが行われました。
その内容は不正競争防止法、意匠法、商標法など多岐にわたりますが、ここでは、商標法に関連した制度改正について、その概要を簡単にご説明いたします。
商標におけるコンセント制度の導入
これまでは、商標法上、先行する他人の登録商標と同一又は類似する商標は、登録を受けることができませんでした。 一方で、多くの諸外国では、先行する登録商標の権利者による同意(「コンセント」といいます。)があれば、類似する商標であっても並存して登録を認める「コンセント制度」が導入されていました。 コンセント制度があれば、先行する商標権者の同意があれば、これと同一又は類似する商標でも、後から出願をする者が商標登録を受けられることとなります。
そして、今般、我が国でも、①先行する登録商標の権利者が同意し、かつ、②消費者(需要者)に混同を生じるおそれがない場合には、並存登録を認める、という内容のコンセント制度が導入されることとなりました。
ここで、ポイントとなるのが、要件の②である、「消費者(需要者)に混同を生じるおそれがない場合」となります。
この点、特許庁では、以下のように判断をすることとされております。
(商標審査基準〔改訂第16版〕 特許庁編 より)
- 「混同を生ずるおそれ」について 第4条第1項第 11 号における他人の登録商標に係る商標権者、専用使用権者又は通常使用権者の業務に係る商品等であると誤認し、その商品等の需要者が商品等の出所について混同するおそれのみならず、その他人の登録商標に係る商標権者、専用使用権者又は通常使用権者と経済的又は組織的に何等かの関係がある者の業務に係る商品等であると誤認し、その商品等の需要者が商品等の出所について混同するおそれをもいう。
- 「混同を生ずるおそれがない」ことが求められる時点・期間 査定時を基準として、査定時現在のみならず、将来にわたっても混同を生ずるおそれがないと判断できることを要する。
- 考慮事由
- 引用商標と同一の商標(縮尺のみ異なるものを含む。)であって、同一の指定商品又は指定役務について使用するものは、原則として混同を生ずるおそれが高いものと判断する
- 下記のような、両商標に関する具体的な事情を総合的に考慮して判断する
- 両商標の類似性の程度
- 商標の周知度
- 商標が造語よりなるものであるか、又は構成上顕著な特徴を有するものであるか
- 商標がハウスマークであるか
- 企業における多角経営の可能性
- 商品間、役務間又は商品と役務間の関連性
- 商品等の需要者の共通性
- 商標の使用態様その他取引の実情
ここで重要なことは、先行する登録商標の権利者の同意があったとしても、商標自体の類似性の程度や、役務間又は商品と役務間の関連性等により、消費者(需要者)に混同を生じるおそれがあると判断された場合には、登録は認められないことです。
今後、上記の混同を生じるおそれについてどの程度厳格な判断がされるかは、特許庁による審査事例を待つしかありませんが、「同意書があればすべて登録できるわけではない」という点には、注意が必要となります。
なお、上記のコンセント制度は、令和6年4月1日以降の出願に適用されます。
他人の氏名を含む商標に係る登録拒絶要件の見直し
現行の商標法上、「他人の氏名」を含む商標は、当該他人の承諾がない限り、商標登録を受けることはできないこととされており、出願に係る商標や他人の氏名の知名度に関わらず、「他人の氏名」を含む商標は、同姓同名の他人全員の承諾が得られなければ商標登録を受けることができないこととされてきました。
その結果、同姓同名の他人が存在すれば、一律に出願が拒絶されるため、創業者やデザイナーなどの氏名をブランド名に用いることが多いファッション業界を中心に、要件緩和の要望がありました。
このため、今般、「他人の氏名」に、①一定の知名度の要件、②出願人側の事情を考慮する要件(政令要件) を課し、他人の氏名を含む商標の登録要件を緩和することとされました。
ここでポイントなるのが、2つの要件についてですが、特許庁では以下のように判断をすることとされております。
(商標審査基準〔改訂第16版〕 特許庁編 より)
①一定の知名度の要件
その氏名に一定の知名度を有する他人が存在しない場合は、承諾は不要とされています。
具体的には、以下のような商標は登録が受けられない、と規定がされております。
他人の肖像若しくは他人の氏名(商標の使用をする商品又は役務の分野において需要者の間に広く認識されている氏名に限る。) -中略- を含む商標 -以下、略ー
以下、上記の要件に関しての判断基準となります。
- 「商標の使用をする商品又は役務の分野」 「商標の使用をする商品又は役務の分野」の判断にあたっては、人格権保護の見地から、当該商標の指定商品又は指定役務のみならず、当該他人と関連性を有する商品又は役務等をも勘案する。
- 「需要者の間に広く認識されている氏名」 人格権保護の見地から、その他人の氏名が認識されている地理的・事業的範囲を十分に考慮した上で、その商品又は役務に氏名が使用された場合に、当該他人を想起・連想し得るかどうかに留意する。
②出願人側の事情を考慮する要件(政令要件)
こちらの要件は、以下となっております。
- 商標に含まれる他人の氏名と商標登録出願人との間に相当の関連性があること 例えば、出願商標に含まれる他人の氏名が、出願人の自己氏名、創業者や代表者の氏名、出願前から継続的に使用している店名等である場合は、相当の関連性があるものと判断する。
- 商標登録出願人が不正の目的で商標登録を受けようとするものでないこと 例えば、他人への嫌がらせの目的や先取りして商標を買い取らせる目的が、公開されている情報や情報提供等により得られた資料から認められる場合は、不正の目的があるものと判断する。
以上を分かりやすくまとめますと、以下となります。
出願する商標に他人の氏名が含まれている場合であって、その他人の承諾を得ていなくても、以下の要件を全て満たす場合には、登録を認める。
– その含まれる氏名に一定の知名度を有する他人が存在しない場合であって (知名度の要件)
– その氏名が、出願人の自己氏名、創業者や代表者の氏名、出願前から継続的に使用している店名等であって(出願人側の事情を考慮する要件)
– かつ、その出願が、他人への嫌がらせの目的や先取りして商標を買い取らせる目的(不正の目的)でされたものでない (出願人側の事情を考慮する要件)
すなわち、逆に、例えば以下の様なケースでは、出願する商標に含まれる氏名について、その氏名を有する者の「他人の承諾」がなければ、登録は認められないこととなります。
- 著名となっている他者の氏名を含む商標を出願するケース
- 自分と全く関係のない、他者の氏名(著名でないもの)を含む商標について出願をするケース
- 出願について、他人への嫌がらせの目的や、先取りして商標を買い取らせる目的などの不正の目的があるケース
なお、上記の他人の氏名を含む商標に係る登録拒絶要件の見直しは、令和6年4月1日以降の出願に適用されます。
以上、商標法関連の制度改正について概要をご説明させていただきましたが、注意していただきたいことは、それぞれに登録を認めるための複数の要件があるため、先行する商標権者の同意(コンセント)があったり、著名でない氏名であれば誰でも登録を受けられるようになる訳ではない、という点です。
今後の貴社の商標関連業務の一助となれば幸いです。
2024年3月13日 弁理士 浜崎 晃