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2024.05.30

≪連載≫ 外国商標制度の連載記事を開始するにあたって

これから連載で、各国の商標制度の概要をご説明していきたいと思います。連載全体で外国商標をご理解いただくための「外国商標入門」となりますが、まず、今回は、「外国商標の連載を開始するにあたって」というタイトルで、お話しを始めたいと思います。

外国商標は海外事業のパスポート

外国商標では、「商標登録は海外事業のパスポート」と言います。外国で事業をするときに、商標登録がないと事業自体がスタートできません。商品を販売する、販売網をつくる、会社をつくる、製造会社をつくる、生産委託する、現地でサービスを提供する、どのレベルでも商標登録は必須です。どの会社も、中国のECサイト事業者から、中国の商標登録証のコピーの提示を求められて久しいと思います。

昔は、外国商標というと、海外展開をしている『工業製品のメーカー』が中心でした。電機、自動車、化学、鉄鋼などが、工業製品が輸出の花形でした。しかし、最近は、全国の日本酒メーカー、農作物、小売り業、サービス業の海外展開も盛んです。「獺祭」、「シャインマスカット」、「無印良品」、「ユニクロ」、「サイゼリア」などは、海外でも大人気です。外国商標は、工業製品メーカー中心の時代ではなくなり、ありとあらゆる企業に関係するものになってきました。

外国商標のコスト

国毎に、商標制度や、特許制度は異なります。国毎に出願が必要で、海外での出願は、日本出願をするのに比べて、数倍以上のコストがかかります。日本では1商標1区分で、たとえば、10万円で商標調査・商標出願~商標登録ができるとして、外国商標は、国にもよりますが30万以上はかかります(欧米やアジアでも英国法系の国はもっと高いです)。日本は1カ国ですが、外国は複数国になります。10か国あるとすると、日本は10万円なのに外国は300万円になります。

商標コストをどう確保するかは、大きな課題です。この点、今はマドリッド協定議定書(マドリッドプロトコル、略してマドプロ)という制度があります。グローバル化した世界で比較的安価に(といっても出願料金が半額程度になるぐらい)、商標登録を取れるようになってきています。1991年ぐらいでしょうか、私が知財協会の商標委員会にいたとき、CTM(現在のEUTM)に倣って、APEC商標制度設立という考え方も実はあったのですが、アジアに対して戦争責任のある日本が、そのようなアジアの国際的な制度の盟主になるべきではないという反論があり、知財協会の商標委員会としてこの主張を取り下げたことを覚えています(今、それがあると、めちゃくちゃ便利です)。私の親のような世代の著名企業の部長が力説して反対したので却下されましたが、当時の私は「それはあなたの世代の話であって、私達若者とは関係ない話ではないか」と考えたのですが、声を出せませんでした。この時、反対の声を上げなかったことは、今でもすごく後悔しています。

外国商標は、外国特許とは違う困難さがある

特許制度や意匠制度と比較すると、特許や意匠には新規性という要件があります。一旦、公開すると新規性が無くなります(よって、公開前に特許や意匠の出願をすることが必要です)。基準は世界公知です。このこともあって、特許や意匠の世界では、日本で特許・登録になるものは、外国でも特許・登録になる可能性が、そもそも高いのです。外国特許は、費用の問題はありますが、費用以外は翻訳や手続き上の話が中心です。

商標は、新規性や進歩性の概念がなく、替りに識別力と先行商標との関係となります。

この識別力は、国毎に言語・文化が異なりますので、けっこう各国バラバラの判断になります。あるテレビのヒット商標が、日本で造語と思っていたのが、現地では「毛じらみ」の意味があり、使用できなかったことがあります。

また、新規性の要件がないため、こちらが公表しても第三者は登録が取れなくなるということもありません。反対に、この100年間、世界各国で毎年、沢山の商標登録が蓄積されてきたため、国ごとにまったく同じ先行登録が、別の権利者に登録されています。

商標は、特許・意匠とは、まったく別の世界です。特許のように、米国や日本や韓国や中国の調査でOKなら、世界中でOKということもなく、国ごとに、丁寧に商標調査が必要なのです。先行商標調査は、商品を販売する各国で必須です。

時期を逸した外国出願の末路

もし、コストを理由にして、外国商標出願を先送りにすると、どうなるでしょうか?当然、痛いしっぺ返しとなって跳ね返ってきます。

商標出願をせずに商品の発売を公表してしまうと、第三者にこちらの使用商標を知らせるだけとなり、商標の横取りの危険性が生じます。

相手が、悪意の出願人と認定できるなら、異議で取り消したり無効審判で無効にしたりできますが、相手が、善意の出願人の場合は、まったく打つ手がありません。

さすがに、当該国に商品を輸出する、役務を提供するというなら、各社とも、商標出願をすると思いますが、当該国に進出するかどうか未定のとき、貴社ではどう判断するでしょうか?おそらく、事業部門が当該国で事業開始を決定するまで待つという運用が多いと思います。

しかし、ハウスマーク(コーポーレートブランド)は、事業部門の予算とは切り離して、商標を担当する責任者が、外国商標の出願計画を立てて権利化をしておかないと、将来、取り返しのつかない面倒なことになります。

2000年に外国商標の世界が大きく変化 

マドプロは、1996年に運用が開始され、日本は2000年に第42番目の加盟国として加盟しました。過去を振り返ると、このタイミングが分水嶺でした。これ以前は、米国や英法系諸国を除くと、外国商標は案外、楽に権利がとれたのです。しかし、マドプロが導入され、21世紀に入り、世界中の商標の件数はうなぎのぼりとなり、だんだんグローバルに同じ商標の権利を取得するのが、困難になってきています。

一方、国内は、2000年からマドプロ用の「基礎登録」を生み出すためでしょうか、識別力も先行商標との関係も、どちらも審査が緩くなっていきました(私も、グローバル企業の社員だったので、マドプロ導入時は、国内は、先行商標については無審査で良いと思っていました)。

緩い審査に慣れ親しんだ日本国民は、まるで、失われた30年の時代の日本国民と同様、戦うことを忘れてしまいました。

昔は、厳格な日本の商標制度(日本の商標制度はスペイン、ポルトガル、中南米の商標制度とそっくりなのです。これらの国は外国商標では鬼門と言われてます。)は、海外企業にとって、非関税障壁でした。これが崩れて、国内商標が楽だったのが、この30年です。

中小企業や個人の立場からすると、最近の審査の厳格化は、苦しいと思いますが、久しぶりに商標業界の議論を聞くと、国内商標の審査が緩くなったことを嘆く、批判する声が、大企業やベテラン弁理士の方には、非常に多いように思います。

現在、識別力の審査が厳格化してきています。次は先行商標との関係(類似)が厳しくなるかもしれません。

ただ、各国の商標専門の弁護士、弁理士の話を聞くと、識別力も先行商標との関係も本当によく似たことを言います。言語や文化の部分は別とすると、おそらく、長期的に見ると、商標の識別力や類似の考え方は近いものになると思っています。

中国ファースト

そして、中国です。中国経済は、不動産不況や米国との貿易摩擦など、紆余曲折は今後もあると思いますが、中国は世界の商標の主戦場です。2022年の統計ですが、中国の商標出願件数は751.6万件です(日本は17万件)。世界の商標では、中国は圧倒的な存在です。

以前は、中国の類似判断は緩かったのですが、今は、めちゃくちゃ厳しいです。まず、中国で出願し、登録になったものの中から、良い商標を選択し、日本を含む他国でも使用できるかどうかチェックして、その商標を日本で採用するのが、一番、合理的なグローバル商標権網の構築方法とも言えます。

グローバルな商標を検討するとき、まず、日本で登録して、それを海外で展開するというマドプロの発想ですが、その発想自体が時代遅れなのです。実は、現在、WIPOのマドプロの改正でも、意匠のハーグ協定のように「本国登録が必要という要件を外せないか?」という議論がでてきています。これは、まだ、少し、まだ時間はかかりますが、発想としては、「中国」と「米国」で使えないような商標は、グローバル商標になりませんし、日本の商標としても相応しくありません(※1)。

そのような海外で使えないような商標は、結局のところ、商標変更を考えないといけない時が来るということは考えておかないといけません。

※1 この目的のため、現在、マドプロ出願で、指定国に、中国、米国を含む場合に、5万円の値引きをするキャンペーンを実施中です。詳細はお問い合わせください。

越境ECサイトの危険性

以前から、メーカーが、中国に生産委託を出す場合は、日本に全量引き取りをする場合でも、中国で必ず商標登録は取得しておかないと、いけないという話がありました。昔は、生産委託契約だけではなく、商標ライセンスの設定登録までしないといけないという時期もありましたが、現在では、商標ライセンス契約までは不要としても、商標登録を取得しておかないと、商標を横取りされて、税関で止められるという話は聞きます。

同じ趣旨で、海外向けの展示会にテスト的に出品するなら、中国での商標登録をしておかないと、商標を横取りされるという話は、よく聞きます。

そして、最近は、流行りのShopee、Shopifyで越境ECサイトを作ったら、あっという間に中国で出願されてしまいます。また、例えば、仕向け地が中国ではなく、例えば、台湾向けのECサイトに商品を載せたところ、第三者に中国で商標登録を取らてれてしまったという事例も聞きます。

このタイプの事例が、最近、弊所だけでも非常に多くなっています。中国出願をせずに、越境ECサイトを立ち上げることは、商標的には大いに危険があるのです(※2)。

※2 このような課題に対応するために、弊所では中国直接出願の10万円キャンペーンを実施中です。詳細はお問い合わせください。

これから、数回にわたって、マドプロ、米国、中国、欧州、韓国、台湾、香港・シンガポール、ベトナム、タイ、インド、ブラジルなどについて、簡単にわかるように連載をしていきますので、楽しみにしてください。

2024年5月24日 弁理士 西野 吉徳