≪連載≫ シンガポールの商標制度について-外国商標制度その9-
今回は、アジアのハブのともいえる、シンガポールを取り上げました。シンガポールは、旧英国法の流れをくむコモンロー諸国ですので、商標を使用しているだけでも一定のコモンロー上の保護があり、日本とは違った考え方が必要な制度下となっています。
シンガポールは、マレー半島の先端に位置する小さな都市国家ですが、アジアのハブとして近年発展が著しい国です。代表的な産業は金融、港湾、観光などです。
島国であり、マレーシアとはジョホール海峡により、インドネシアとはシンガポール海峡により切り離されています。広さは、日本の都道府県ほどはなく、新潟市や下関市や奄美大島と同じ程度です。
人口は、564万人(2022年)で、日本の都道府県では兵庫県、北海道程度の人口規模です。国民一人あたりのGDPが高いことが特徴です。
主に、中華系、マレー系、インド系の国民からなり、共通語が英語で、旧英国法系(コモンロー)の法制度が特徴です。そのためでしょうか、シンガポールは、香港と並び、アジアでは知財取得費用が高いことも特徴です。
ISOの2文字の国コードは「SG」で、漢字では「新嘉坡」ですが、漢字一文字では「星」(戦前のシンガポールの漢字の「星加坡」から)と略されるようです。
2022年の商標出願件数は、約30,000件です。(日本の出願件数を16万件/年とすると、シンガポール人口は日本の21分の1ですので、7,600件程度となるはずですが、実際はその4倍ほど多いことになります。アジアのハブの面目躍如というところです)。
コモンロー上の保護と商標登録制度上の保護
シンガポールは、旧英国法の流れをくむコモンロー諸国ですので、商標を使用しているだけでも一定のコモンロー上の保護があります(未登録商標の保護、Passing Offなど)。
そのコモンロー上の保護とは別に、商標登録制度があります。商標登録を取ることで、安定した権利になり、商標権侵害、後願排除効、周知商標の保護のような、多くの保護を受けることができます。そのため、使用主義国の旧英国法系のシンガポールでも、商標出願は盛んです。
シンガポール商標法では、不登録理由を絶対的不登録理由と相対的不登録理由に分け、審査官が審査する「審査主義」、商標権は登録によって発生するという「登録主義」、出願が競合したときは最先の出願人が権利を取得すると意味での「先願主義」を採用しています。
なお、他のコモンロー諸国でも見られる特徴ですが、連続商標(シリーズマーク)が認められる、権利不要求制度がある、悪意の商標は排除される、先行商標があったときに、同意書制度で引用商標回避ができる、誠実な同時使用の主張が可能などといった特徴を有しています。また、2022年法改正で、部分登録制度が導入されています。
未登録商標の保護(Passing Off)
未登録でもコモンロー上の商標の保護があります。例えば、他人の商品やサービスであるように見せかける行為は、Passing Off(詐称通用)として保護されます。
使用(又は使用意思)の宣誓が必要(5条)
願書には、商標の使用(又は使用意思)の宣誓をする必要があります(5条(2))。使用意思でも良いので、あまり気にはしませんが、本来は、使用している商標を出願するという使用主義の考え方が垣間見れます。
商標権の効力
(1)先願の範囲=後願排除可能な範囲(8条)と商標権侵害の範囲(27条)
①マーク(標章)が同一で、商品・役務が同一の場合(ダブルアイデンティティの場合)(8条(1))
②標章同一で商品役務が類似の場合、あるいは、標章が類似で商品・役務が同一・類似の場合で、公衆が混同を生じるおそれのある場合(8条(2))
こちらの①②の場合は、相対的拒絶理由違反で拒絶されます。
また、この①②の範囲について、商標権侵害となります。
日本との違いは、類似範囲では、出所混同のおそれが必要なことになります。ダブルアイデンティティと異なり、類似商標は、機械的には保護されず、出所混同のおそれが必要ということになります。マークが同一でなく、商品・役務が同一ではないときは、出所混同が生じない場合もあるということになります。
有名な商標は出所混同の範囲が広く(権利の範囲が広い)、有名で無い商標は出所混同の範囲が狭い(権利の範囲が狭い)ということになります。旧英国法系だけでなく、欧州のEUTMも同じような整理をしています。
(2)著名商標の保護(27条(3))
商標登録が、著名商標(英語では「well known trade mark」です。英語では周知商標と著名商標の言葉上の区別はありません)の場合は、商品・役務の同一・類似を超えて、保護が与えられることがあります(27条(3))。内容的には、日本でいう著名商標の保護に近い内容です。
出願公告と異議申立(13条)
商標権は、登録によって発生し(15条)、存続期間の10年は登録日から起算します(18条(1))。
商標権の発生(15条)と登録期間(18条)
更新時に登録証の提出は義務ではないのですが、更新に際して、原登録証を提出すると裏書をしてもらえます。更新した旨は公告はされますが、更新したことを証明する書面は発行されないので、ベトナムの更新実務では登録証への裏書が重要です。以前は、台湾が同様に裏書をしていましたが、現在は、主要国ではベトナムぐらいです。この意味で、原登録証の保管が必要になります。
その他の特徴的な制度
(1)連続商標(シリーズマーク)(17条)
重要な要素が共通で、同一性に影響しない要素のみ異なる商標は、1出願で出願できます。
(2)権利不要求(26条)
識別力の無い言葉を、権利不要求できます。
(3)悪意の商標(7条(6)、8条(5)、(6))
先願者であっても、「悪意の出願」(application made in bad faith)である場合は、相対的拒絶理由違反で拒絶になります。
日本法の商標法第4条第1項第19号に近いものです。
(4)同意書制度(8条(8))
審査官の裁量により、先行商標権者の同意書により相対的拒絶理由を回避可能です。
2024年4月から、日本でも同意書制度が導入されました。
(5)誠実な同時使用の主張(9条)
先行商標が存在しても、誠実な同時使用の証明できれば、登録が可能です。
同意書や下記の黙認の効果と軌を一にする考え方です。
(6)黙認の効果(24条)
他人の使用を知りながら、継続して5年黙認すると、異議や無効を請求できなくなります。
不使用取消の5年に合わせているようです。EUTMの異議申立の条件に近いと思います。
マドプロ加盟
シンガポールはマドプロに加盟しています。シンガポールの直接出願の費用はどうしても高いので、マドプロ出願も選択肢です。
その他
(1)部分登録制度の導入(2022年法改正で導入)
拒絶理由が一部にある場合に、登録要件を満たす商品・役務のみ登録する制度が導入されています。マドプロ加盟各国では、この制度の導入国が多く、日本でも導入検討が必要な制度です。
(2)小売り等役務
小売り等役務も保護されます。
(3)不使用取消(22条)
継続して5年以上不使用のとき、商標登録局又は裁判所に請求できます。
5年は、EUTMと同じです。
2025年4月25日
弁理士 西野吉徳