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Article 知財インサイト

2026.07.08

【連載】これからの中小企業のための海外商標戦略シリーズ第3回:【早めの商標出願は時間を買う投資】「1カ国1区分30〜40万円」の壁。毎年の助成金を活用しポートフォリオを構築する

前回(第2回)は、自社のブランドを海外市場に適応させるグローバルネーミングの重要性と、最適な出願ルートの選択について解説しました。

世界で戦うための「ブランドのパスポート」を手に入れる道筋が見え、いざ具体的な出願手続きへと進む際、ほぼすべての中小企業経営者が、目の前に提示された見積書を見て驚愕することになります。

今回は、多くの経営者が躊躇する外国商標費用の「掛け算(マトリックス)問題」の現実を直視しつつ、無印良品の事例に学ぶ後回しのリスク、そして限られた予算で強固な「商標ポートフォリオ」を構築するための公的助成金の戦略的活用法を紐解きます。

経営者が躊躇する、商標費用の「掛け算」問題

外国商標を出願・登録するためには、現地の特許事務所とのやり取りや事前の商標調査費(約10万円程度)を含め、おおよそ「1カ国・1区分・1商標あたり30〜40万円前後」の費用がかかるのが一般的な相場です。

恐ろしいのは、これが「掛け算(マトリックス)」で増えていくという事実です。

例えば、アメリカ、ヨーロッパ、中国、台湾、韓国の5つの主要市場を狙うとします。さらに事業領域(区分)が、製品そのもの(第1類〜第34類などに区分)だけでなく、将来の店舗展開やECサイトでの販売サービス(第35類)にも及ぶと判断し、2区分を指定したとします。

「5カ国 × 2区分 × 30~40万円」= これだけで、あっという間に300~400万円の資金が吹き飛びます。もし図形商標と、文字だけの商標の2種類を出願すれば、費用はさらに倍になります。600~800万円です。更に、国が増え、事業を守るために必要は区分が増え、それらについて強固な「商標ポートフォリオ(権利の網)」を構築しようとすれば、数百万円から、時には数千万円単位の資金が必要になるのが、グローバルビジネスの冷酷な現実です。

「売れてから出願する」という後回しがもたらす悲劇

これほど高額な費用を前にすると、多くの経営者が「まだ海外での売上も立っていないのに、これほどのコストはかけられない」「まずは(越境ECで)テスト販売をし、実際に売れ始めてから出願を考えよう」と判断しがちです。今日のキャッシュフローを守るための経営判断としては、一見すると正しく思えるかもしれません。

しかし、知財の世界においてこの「後回し」は、企業の未来を明け渡す致命的なミスとなります。

海外の特許庁へ商標を出願するという行為は、単なる法務手続きではありません。それは「我々はこの国で、このブランドを使って本気でビジネスをする」という明確な意思(使用の意思)を、現地の国家機関に対して公式に宣言する行為です。その宣言を怠り、無防備なまま商品を海外のデジタル空間や展示会に晒(さら)せば、世界中に無数に存在する「悪意ある第三者(商標ブローカー)」の絶好の標的となります。

もし、現地で商標を横取りされてしまった場合、どうなるでしょうか。「私たちが商標の本家だ」「相手は悪意で先取りしたのだ」と主張して、異議申立や無効審判で相手の商標を潰して、自社の権利を取り戻すことは、場合によっては不可能ではないかもしれません。しかし、他国の法律に基づき、現地の裁判所や特許庁で争うことは、最初の出願費用の数十倍から数百倍もの莫大な弁護士費用と、数年単位という途方もない労力(時間)を消費します。

無印良品(良品計画)の中国における苦闘の教訓

この「後回しの代償」を、最も生々しい教訓として我々に教えてくれるのが、良品計画(無印良品)が中国市場で直面した長く苦しい闘いです。

「無印良品」は、中国においても絶大な人気とブランド力を誇ります。しかし、同社が中国へ進出する以前の1999年の段階で、すでに中国の現地企業によって、第24類(ベッドカバーやタオルなどの布製品)において「無印良品」という漢字の商標が先取りされてしまっていました。

良品計画は、自分たちの正当なブランドを取り戻すため、中国の特許庁や裁判所に対して長年にわたり無効を求める法的な闘いを挑みました。しかし、結果的にこの第24類における相手の登録を覆すことはできず、あろうことか、先取りした中国企業側から「良品計画が我々の商標権を侵害している」として逆に訴えられ、巨額の損害賠償の支払いや、一部商品における「無印良品」という名称の使用停止(タグの切除など)を余儀なくされるという、極めて理不尽な事態にまで発展したのです。

出典: 日本経済新聞「中国で商標争い25年、無印良品が敗訴 「早い者勝ち」防ぐ4つの備え」

どれほど優れた製品と日本における認知度を持っていたとしても、現地の法律において「出願のタイミング」が遅れれば、数年間のビジネスの停滞と、想像を絶する経済的・精神的ダメージを受けることになります。だからこそ、「早めの商標出願は、将来の莫大な訴訟リスクと時間をカネで買う、最も確実な安全投資」なのです。

ブランド体系の重要性

ブランドは、単体で使用するものではなく、企業グループを示すブランド(グループブランド)、企業を示すブランド(コーポレートブランド、ハウスマーク)、事業のブランド(事業ブランド)、商品・役務のブランド(商品・サービスのブランド、プロダクトブランド)、技術のブランド、お店のブランド、その他、多くのブランドを組み合わせて使用します。これらのブランドをどのような体系になっているかが、ブランド体系です。商標体系とも言います。はじめは、主要商品のブランドと社名(商号)だけからかもしれませんが、徐々に商品アイテム数が増え、商品ブランドが増えると、その全体を総称するコーポレートブランドが必要になります。そして、コーポレートブランドこそ、企業にとっての最大の財産になり、それを中核に、ブランド体系を組み立てることになります。この段階になると、海外で商標出願する必要性のある商標も、複数になってきて、より戦略的になってきます。

助成金の「継続的」な活用によるポートフォリオ構築

創業期や成長期の企業にとって、一度に数百万円~数千万円の資金を捻出することが極めて困難であることも事実です。そこで経営者に求められるのが、助成金の制度を賢く利用する視点です。

外国商標の出願時には、INPIT(独立行政法人 工業所有権情報・研修館)や、東京都中小企業振興公社などの各自治体などが実施している「外国出願費用の助成金(補助金)」制度が存在します。これらを上手く活用できれば、出願にかかる実費用の「実質半額(1/2)」を助成してもらうことが可能です。

INPIT外国出願補助金

外国商標出願費用助成事業 東京都知的財産総合センター | 東京都中小企業振興公社

ここで重要なのは、この助成金を「一回きり」と考えないことです。助成金制度は、条件を満たせば毎年計画的に申請することが可能です。

例えば、1年目は絶対に落とせない「コーポレートブランド」の商標を、最優先ターゲットであるアメリカと中国にだけ助成金を活用して出願する。翌年の2年目は、ヨーロッパや東南アジアへの拡張出願に助成金を申請する。3年目は、新たに立ち上げたサブブランドの商標出願に申請する……といった具合です。

このように、毎年の知財予算と助成金を組み合わせ、パズルのピースを埋めるように数年がかりで計画的に出願を重ねることで、中小企業の限られた資金であっても、強固な「商標ポートフォリオ」を構築することが十分に可能なのです。

優先順位の高いものから出願して時間のメリットを受け、助成金でコストを抑え、ブランド体系を整理して投資効果を最大化する。こうした経営者としての冷静な商標出願戦略を経て、あなたのブランドはいよいよ世界市場へと船出します。

しかし、海に出れば必ず他国の船(先行ブランドや類似ブランド)と遭遇します。次回(第4回)は、世界市場で似た名前の商標と衝突した際、いかにしてパニックにならず、世界の審査システムをハックして冷静に防衛・共存を図るのか。「ウォッチング」と「異議申立」、そして「同意書(コンセント)」という、大人の商標管理について深掘りしていきます。

2026年6月18日 弁理士 西野吉徳