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Article 知財インサイト

2026.07.29

【連載】これからの中小企業のための海外商標戦略シリーズ第4回:【洗練された防衛策】ウォッチングと異議申立(情報提供)。世界の商標審査システムを理解して活用する

前回(第3回)までを通じて、自社のブランドを現地に適合させるにあたり、助成金などの財務戦略を駆使して無事に商標を出願・登録するステップを見てきました。あなたのブランドは、晴れて世界市場へのパスポートを手に入れ、ビジネスの土台が整ったことになります。

しかし、ビジネスが順調に軌道に乗り、世界市場であなたのブランドが評価され、認知度が高まり始めると、必ずと言っていいほど直面する新たなフェーズがあります。当初は何も問題なかったのに、商品・サービスのアイテムを拡大したり、国・地域を拡大したりすると、先行する企業の商標が出てきたりします。

また、この時期になると、あなたの成功に便乗しようとする第三者など、「似たような商標」が出てくることがあります。今回はそんな「摩擦」への備えについて解説します。

世界市場での成長がもたらす「摩擦」への備え

日本の特許庁のシステムに慣れ親しんでいると、もし誰かがうちのブランドに似た商標を勝手に出願しても、特許庁の審査官が「すでに似ている商標が登録されているからダメです」と職権で拒絶してくれるだろうと期待してしまいます。しかし、この「お上頼み」の常識は、日本を一歩出ると通用しません。世界の商標審査システムは国によって大きく異なり、自らの権利は自らの監視と行動によって守らなければならないということが多いのです。

無審査主義国、情報提供に基づき審査する国。システムを理解して対処する

グローバルな商標実務において、経営者が知っておくべき、日本とは違った審査システムの国があります。

一つ目は、「相対的拒絶理由(他人の先行商標との類似)の審査を行わない国(無審査国)」の存在です。

欧州(EU)、英国、アルゼンチン、ミャンマーといった国や地域では、特許庁は「その商標自体が、そもそも商標として機能するかどうかの要件を満たしているか(絶対的拒絶理由)」は審査しますが、「すでに他人が似た商標を登録・出願していないか(相対的拒絶理由)」という点については、特許庁は審査をしません。

つまり、あなたのブランドと全く同じ名前を第三者が出願した場合、あなたが気づかずに放置していれば、特許庁はそのまま「登録OK」として登録してしまいます。これを防ぐためには、自社の商標に似た出願がされていないかを常に監視する「ウォッチング」という仕組みを導入し、公告期間内に自ら「異議申立」を行って、その出願を能動的に排除しなければなりません。

二つ目は、「審査前に公開し、情報提供を求める国」の存在です。

ベトナム、インドネシア、ブラジルといった国々では、出願されるとまずその内容が公開され、特許庁が実体審査に入る前に、第三者から「この商標は登録されるべきではない」という「情報提供(異議申立の一種ともいえる)」を受け付ける期間が設けられています。審査官は、権利者たちから寄せられたこの情報提供を参考にして、審査を行います。

ここでもやはり、ウォッチングによって危険な出願を早期に発見し、審査官に対して「これは私たちの権利と重複する出願である」という証拠と情報を、先手で提供するアクションが必須となります。

警告書は「対話の始まり」に過ぎない、過度に怖がらない

このように、世界では「ウォッチング」と「異議申立/情報提供」がセットになって、初めて自社のブランドが守られるシステムになっています。

これは逆に言えば、あなたが海外で新たに商標を出願した際、先行してウォッチングを行っている世界の巨大企業から、突然「あなたの出願は当社の権利と類似しているため、直ちに出願を放棄しなさい」という厳しいレター(異議申立の予告レターや警告書)が届く可能性が十分にあるということです。

多くの中小企業経営者は、世界的な大企業から大手法律事務所を通じて厳しいレターが届くと、パニックに陥ります。「大企業と裁判になっては到底敵わない」と萎縮して、安易に相手に屈服して、商品・役務を削除したり、出願を取り下げてしまうケースが後を絶ちません。

しかし、ここで決して動じてはいけません。彼らから届く警告書の多くは、システムが似た文字を検知したことによって、ウォッチングの延長線上として機械的に送ってきている「牽制球」に過ぎないことが多いのです。

警告書が届いたからといって、すべてが終わるわけではありません。むしろそれは、巨大な市場において、あなたの会社と既存企業とが、ビジネスの棲み分けを冷静に交渉する「洗練された対話のフェーズ」の始まりに過ぎないのです。

知財は交渉の武器:「同意書」による平和的な棲み分け

異議申立を受けた場合、あるいは、先行商標があるとして拒絶された場合、相手方の先行企業と交渉が必要になります。このとき、海外商標の権利化において、最強の解決ツールとなるのが、「同意書(コンセント)」および「共存契約」という制度です。

欧州、米国、その他多くのコモンロー(英米法)諸国などでは、特許庁の審査官が杓子定規に「類似しているから登録不可」と決めるのではなく、当事者間の合意を重んじる文化があります。

大企業から異議を申し立てられた際、審査官に拒絶されたとき、単純に諦めてしまうのではなく、「私たちはBtoB向けの特殊な産業用ソフトウェアにしかこの名前を使わない。あなたは一般消費者向けのワープロ用のソフトウェアに使っている。市場や顧客層が全く違うのだから、消費者が混同することはない。お互いの商標登録を認め合いましょう」と提案するのです。

このように、商標の権利範囲をお役所に決めさせるのではなく、当事者である経営者同士が話し合い、ビジネスの実態に合わせてより柔軟に決定し、契約として結ぶ。これが同意書(共存契約)です。

洗練された交渉術:相手の「空白地帯」を突くカウンター戦略

しかし、ビジネスの交渉である以上、ただ「同意してください」と頭を下げるだけでは相手企業は動きません。相手に「同意書にサインした方が得だ(あるいはサインしないと自社にリスクがある)」と思わせる「カード(交渉材料)」が必要です。

ここで活用できる高度な戦術が、「相手の出願していない国(空白地帯)への出願」です。

どれほど巨大な多国籍企業であっても、世界約200カ国のすべての国で、すべての区分の商標を完璧に押さえているわけではありません。必ずどこかに、まだ出願していないが将来進出する可能性が高い「空白地帯」が存在します。

もしある国で相手から警告を受けた場合、直ちに相手の全世界の事業と、商標ポートフォリオを分析します。そして、相手の商標がまだ登録されていない重要国(例えば東南アジアの新興国など)を見つけ出し、自社が合法的に先回りして出願を行うのです。

これにより、交渉のテーブルに強力なカードを持ち込むことができます。

「A国では、あなたの商標が先行していることは認めます。しかし、B国とC国では、我々が先に出願しています。A国で我々の商標に『同意』してくれるなら、B国とC国では私たちがあなたの商標展開に『同意』しましょう」と提案するのです。

知的財産は、大企業と対等に渡り合うための「交渉力」を飛躍的にアップさせる武器です。死力を尽くして、積極的な権利取得をしていかないとグローバル商標は築けません。

二つの「Apple」が結んだ歴史的共存契約

「同意書・共存契約」によって、世界的に有名な2つのブランドが数十年にわたり棲み分けを図ってきた歴史的な事例があります。それが、「Apple Computer.(スティーブ・ジョブズらが創業したコンピュータ会社、現在のApple Inc.)」と、「Apple Corps(ザ・ビートルズが設立したレコード会社)」との商標を巡る物語です。

1978年、ビートルズ側のApple Corpsは、新興企業であったApple Computerを商標権侵害で訴えました。交渉の結果、1981年に両社は共存契約を結びます。その内容は、「Apple Computerはコンピュータ・ビジネスの分野に専念し、音楽ビジネスには参入しない。一方、Apple Corpsは音楽分野に専念し、コンピュータ・ビジネスには参入しない」という、互いのビジネス領域を厳格に分割し、共存に同意するものでした。

相手が悪意の出願人の場合は、徹底的に争い、排除するしか道がありません。しかし、この二つの「Apple」の事例は、正当なビジネスを行う者同士が、商標の同意書(共存契約書)というルールを使っていかに市場を棲み分けるかという、知的な対話の歴史です。

技術の進歩により両社の境界線は揺らぎ、再び法廷闘争と再契約が繰り返されました。Apple Computerの事業拡大により、MIDI音源などコンピュータと音楽に近くなり、1991年に再度の契約に至りました。

そして、iTunesなどの音楽配信の時代になり、さらに係争は継続したのですが、最終的に、Apple Computer有利になった段階で、Apple Computerは大人の判断をします。すなわち、Apple CorpsのApple商標をApple Computerが買い取り、それをApple Corpsにライセンスするという構成をとり、結果、歴史的な解決が図られました。

重要なのは「どちらかが相手を完全に消し去った」わけではないということです。両者はその時代ごとのビジネスの実態に合わせて、対話と契約によって自らの商標の領土を再定義し、共存し続けたのです。

他社の商標との衝突は、決して血みどろのゼロサムゲームではありません。自社の権利というカードを切り、他者との正しい境界線を引くための、ビジネス上の高度な交渉なのです。

参照記事「Apple Inc. and The Beatles’ Apple Corps Ltd. Enter into New Agreement」:https://www.apple.com/uk/newsroom/2007/02/05Apple-Inc-and-The-Beatles-Apple-Corps-Ltd-Enter-into-New-Agreement/

次回は、こうして世界へ旅立ったブランドに紐づいた商品について、「売って終わり」ではなく品質・商流のコントロールについて、お話したいと思います。

2026年7月27日 弁理士 西野吉徳