≪連載≫ アメリカの商標制度 -外国商標制度その2-
今回は、アメリカ(米国)の商標制度とその運用について、ご説明しようと思います。弊所のクライアントでも、中国と並び、米国出願を希望される方が多く、また、制度が日本と相当に異なるので、まずは、米国から解説したいと思います。
米国の商標制度の特長
①使用主義(先使用主義)
米国はコモンローの国です。よって、使用している商標にはそもそも一定の権利があります。そして、商標登録は既に発生している商標権を確認するためのものという考え方が基本にあります。
同様に、商標についての優先関係は、先に使った者が優先されます(先使用主義)。
これに対して日本法は、登録をしないと商標権が発生しないという考え方であり(登録主義)、出願日の早いものが優先されます(先願主義)。
米国が使用主義の典型例で、日本や中国が登録主義の典型例でしたが、最近は、双方がだんだん歩み寄っていると言われています。
②コモンロー上の商標と、州法上の商標登録と、連邦法の商標登録
商標を商品などに使用しているだけで発生するのが「コモンロー上の商標権」です。
ただ、コモンロー上の商標権の内容は明確ではありあせん。そのため商標登録制度が必要になります。まず、「各州の商標登録」制度ができました。
次に州際取引が多くなり、連邦商標法が望まれたのですが、連邦が商標制度を作って良いのかが議論になり(注1)、「州際取引条項」の解釈という手段により、なんとか連邦商標法が出来ました。
このような経緯から、連邦商標制度はコモンロー上の商標を否定せず、一貫して、コモンロー上の商標を基礎として、組み立てられています。
米国出願するにあたって
①出願の基礎(「使用に基づく出願」、「使用意図に基づく出願」、「本国登録に基づく出願」=「マドプロ出願」。)
米国出願するには、基礎が必要です。
1)使用に基づく出願
コモンロー上の商標権を確認するというのが、本来の米国商標法でした。よって、原理的には、コモンロー上の商標権が発生している=使用している商標、のみが商標登録を取得できます。すなわち、使用をしていない商標では商標登録を取得できないのです。
また、一定期間にわたり使用を止めた商標は放棄とみなされて権利行使もできません。
2)使用意図に基づく出願
しかし、使用に基づく出願だけでは米国民も不便であったようで、1989年に、先願主義に近い、使用意思に基づく出願ができました。使用意図に基づく出願をすると、出願日から使用していたものと擬制されます。ただし登録には条件があり、使用主義の考え方から、許可通知後に、使用証拠の提出が無いと商標登録はできません。現在、米国内からの出願は、ほとんどの案件が、この使用意図に基づく出願です。
3)本国登録に基づく出願(優先権主張や、マドプロ出願もこの類型)
知財関係の基本的な国際的枠組みに、「工業所有権の保護に関するパリ条約」という条約があります。この中で、外国で登録されている商標は他の同盟国ではそのまま保護しようという条項があります(テルケルマーク)。
この条項が根拠になり、日本で登録されている商標は、米国で商標登録をするための基礎になります。しかし、米国での保護を求める商標出願なので、識別力や先行商標との関係の審査は、通常通りされます。ただし、本国登録に基づく出願には、大きなメリットがあり、出願時や登録時の使用証拠の提出義務が免除され、登録後5-6年の時の使用宣誓まで使用証拠の提出を先伸ばしすることができます。
本国登録に基づく出願は、米国出願する外国人は、本国登録に基づく出願を利用して、指定商品を広く権利化する傾向にあります(反対に米国の指定商品は実際に使用しているもの中心です)。
なお、マドプロで米国を指定したときは、本国登録と同様な考え方で処理されます。
②識別力(主登録と補助登録)
一般的には、米国の識別力の要求水準は、国際比較では高くありません。アメリカの有名な商標に、日本人の基準から考えると、識別力が無いといえるような商標が多いように感じます。
日本よりも判断は緩やかです。さらに、識別力が無くても、通常の商標登録である「主登録」ではなく、「補助登録」を取る道もあります。
③先行商標との関係
一般的には、米国では、少しの違いで、非類似商標になるように感じます。また、商品・役務の類似も、需要者が専門家か一般人かで、専門家のときは非類似になったりし、さらに、コンピュータソフトウェアなども、用途や機能が違うと非類似商品になったりします。
ただし、周知(有名な)商標は、商標面も、商品・役務面も、相当に広い権利範囲が与えられます。一般的抽象的な出所混同ではなく、現実の出所混同を中心に見ているためです。
米国商標制度その他の特長
①使用証拠の提出(使用宣誓)
出願時、登録時、使用宣誓時(更新時)などに、使用証拠の提出が必要になります。昔は、1区分に1つの商品・役務で、その区分の多くの商品・役務が登録になりましたが、今は、運用が厳しくなっており、実際に使用証拠を提出できるものしか、使用宣誓が認められなくなってきています。
ここは、現地代理人と相談しながら、詰める必要のあるところです。
本国登録で広い指定商品を確保しても、5-6年目の使用宣誓で使用証拠が出せないような指定商品は指定しても、結局、使用宣誓時に削除するしかなく、あまり意味がありません。
②異議申立は大変(ほぼ訴訟と考える)
日本の異議申立は、異議申立書の作成自体は大変ですが、それ以外は、大きな労力はかかりません。一方、米国の異議は、使用証拠の提出、出所混同の立証だけではなく、証拠開示(ディスカバリー)の手続もあり、ほぼ民事裁判と同様です。
そもそも、米国の「商標」の審査官や審判官は、全員弁護士です。米国の異議申立は、審判官が、裁判官の立場になり、当事者双方の代理人が、裁判と同じようなやり取りとをします。費用も最近は、2,000万円程度はかかるとされています。
米国の大企業は、異議申立を戦略的に使ってきます。相手にとっても、裁判は大変なので、共存契約や同意書になることが多いですが、異議申立を受けると緊張が走ります。
異議の可能性を排除するためにも、商標調査の励行が望まれます。
③希釈化防止(ダイリューション)など
米国法特有の制度です。希釈化防止は、周知(有名な)商標で、指定商品は違うが、使われてしまうと権利の価値を毀損する場合は、商標権侵害が認められるというものです。
日本の大企業は、考えらえれる全ての商品・役務に、使われたくない商標のバリエーションを、あらかじめ出願したりしていましたが、米国では、使用主義か、そもそも使用証拠の無い商標は権利化できないので、希釈化防止の理論などを活用して、異議申立などで戦うということが基本になります。
④権利不要求(ディスクレーム)や同意書(コンセント)の制度がある
このあたりは、英国法系諸国と同様です。
⑤商標登録表示®
原則として、商標登録表示®を表示していないと、警告後の分しか、損害賠償請求ができないとされます。誰でも知っている、周知(有名な)商標は別として、®が励行されます。
最近の動き
①商標近代化法
2021年に、商標近代化法がスタートし、詐欺的出願対策が強化されています。
海外、特に中国からの、本国登録やマドプロベースの出願において、使用証拠がそもそも無かったり、虚偽であったりするものが多かったという理由で、不使用商標対策を強化しています。
結局、使用が商標権の基礎という、コモンローの原則に基づいています。
②在外者への米国国内代理人の強制
在外者が、米国特許庁(USPTO)とやり取りするとには、米国代理人経由であることが強制されます。
③拒絶理由への応答期間が短くなった
以前は6カ月あったものが、最近は3カ月になってきています。
5.まとめ
使用証拠が必要であり、米国で商標登録を取ることは大変なのですが、反面、米国の商標登録には価値があります。グローバルな商標網を築くため、早期に、米国での商標登録の確保に取組んでください。
①米国弁護士の活用
米国は重要国であり、法制度が他国と相当に異なりますので、できるだけ米国弁護士を活用した方が良いでしょう。不明点は積極的に現地弁護士に質問する必要があります。
②商標調査の励行
米国は損害賠償額も高額ですし、上述のように異議申立を受けると大変なことになりますし、米国での商標調査は他国以上に重要です。
③マドプロか直接か
(1)時間的に余裕があって、1年半程度の審査結果を待てるならマドプロ出願も検討に値します。
(2)時間的に余裕が無い場合は、きめ細かいサービスが必要なので、直接出願が良いでしょう。
注1)米国では特許法は米国連邦憲法に規定があるので、連邦法であり得るのですが、商標制度は州の制度という理解があり、現行のラナム法の前の連邦商標法については、違憲判決が出ているぐらいです。
注2)本国登録に基づく出願は、米国民は活用できません。使用がなくても登録される本国登録に基づく出願は、外国人に有利であり、ある程度の制限をするために商標近代化法ができました。
2024年7月21日
弁理士 西野 吉徳