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Article 知財インサイト

2025.05.30

≪連載≫ 香港の商標制度について-外国商標制度その10-

今月は、香港の商標制度を概観したいと思います。

香港の面積は1,110平方キロメートルで東京都の約半分です。人口は約740万人で愛知県や埼玉県の人口ぐらいということです。

香港は、1997年に英国から中国に返還されましたが、50年間は1国2制度が施行されることになっており、コモンローに基づく、法律、裁判制度となっています。

2001年頃に、香港の法律事務所に、2か月間、短期留学(長期出張)しました。

その時、香港の裁判を見学したのですが、裁判官(インド系)や中国人のバリスタ―(法定弁護士、Barrister)は、皆さん音楽家のバッハのようなウィッグを被り、法廷では英語でやり取りをしていました。(ただし、微妙なニュアンスは、こそっと、広東語で補足していたような気がします。)インド系の裁判官も、日常は広東語を使っているということでした。

特許庁にも見学に行きました。特許庁(Intellectual Property Department)の審査官は、もともと法律事務所で商標を担当した中国人でしたが、出願・中間書類・意見書の言語は英語でした。また、上席審査官はインド系の方でした。

お世話になった法律事務所も、英語のみでした。留学生の私は、2名の新人弁護士と新人事務担当者と同じ部屋にいましたが、皆さん英語で仕事をしていました。ただ、彼女たちの午前中の日課である、模倣品業者への督促電話(契約で模倣品を止めると約束していながら、守らない業者に電話して模倣品をストップする仕事)だけは、広東語で、非常に強い口調で電話していたことを思い出します。

あれから、30年経つので、英語だけではなく、中国語(共通語)を使った実務運用は多くなっているとは思います。

香港商標法には、他のコモンロー諸国、例えば、シンガポール、オーストラリア、ニュージーランド等と同様、、EUTMに入る前の古い英国商標法が残っています。

2047年まで、あと22年程あります。その後は、完全に中国の制度が施行されるのか、また別の運用があるのか不明ですが、英国がEUから脱退したBrexitの時のような、何等かの移行措置が必要になることは間違いありません。

マドプロ指定できるように準備はしているようですが、まだ、指定できるようにはなっていません。

また、香港の近くに、マカオがあります。こちらは、旧ポルトガル領ですので、商標制度も香港とは違います。ただし、日本企業の場合は、香港との地理的な近さや、中国語(広東語)の関係で、香港の代理人経由で、マカオ出願することがほとんどだと思います。

香港の商標制度の特徴は下記です。最新の改正は、2020年の法改正であり、現代化が図られています。

香港の商標制度全体

中国の商標権の効力範囲は、中国本土であり、香港、マカオ、台湾は、別登録が必要です。

コモンロー諸国によくあるルールとしては、次のようなものです。

➀誠実な同時使用の主張が可能

引用理由を受けたときに、誠実な同時使用の主張が認められ、実際には出所混同を生じていないことを主張して、引用商標回避が可能なことがあります。

➁同意書(コンセント)

同意書の提出で、引用商標を回避することが可能なことがあります。

③権利不要求(ディスクレーム)

商標中の識別力の無い部分などを、権利不要求することで、登録が認められます。

調査時

オフィシャルサーチが可能

商標調査は、現地代理人においても行えますが、香港特許庁によるオフィシャルサーチも利用可能です。

出願時

➀使用意思に基づく出願が可能

実際の使用が無くても、使用意思があれば、出願可能です。

➁中国語と英語での出願が可能

英語で出願すると、その後の審査や異議申立等の手続きは全て英語となります(反対も同様)。また、英語で出願すると、登録証も英語となります(反対も同様)。

③シリーズ商標(連続商標)

類似する商標で、同一性の範囲にある場合は、一つの願書に複数の商標を記載できます。具体的にシリーズ商標と認定されるかどうかは、現地代理人に確認する必要があります。

④商標の音訳と翻訳

商標に、ローマ字以外の文字または中国語以外の文字が含まれている場合は、翻訳と音訳を提供する必要があります。

⑤カラークレーム(色彩クレーム)

白黒の場合は、全てのカラーを指定したことになります。商標のカラーに特徴があるときは、カラークレームをします。その場合は、特定の色彩に関する保護が与えられます。

カラークレームは、「出願人は、商標の要素として赤と緑の色を主張しています」などでも良いですし、PANTONEの番号や、CYMKで色を記載することも認められます。

カラークレームが無いと、審査はカラーを考慮せずに行われます。

審査時

➀審査官による審査

審査官が、絶対的拒絶理由(識別力など)、相対的拒絶理由(先行商標との関係など)を審査します。審査期間は、最短6カ月です。

➁使用意思の証明

出願中に、多くの指定商品、指定役務を指定しているときは、審査官により使用証拠の提出を要求されることがあります。

③悪意の商標

悪意の商標出願は、拒絶されます。

④ヒアリング(聴聞会)

審査官の拒絶理由には、意見書の他、ヒアリング(聴聞会)があります。

⑤拒絶に対する不服(Appeal)

高等裁判所への控訴が必要です。そもそも審判制度はありません。これも、旧英国法系諸国で共通です(審判制度は、米国的な制度です)。

⑥異議申立

出願公告から3ヶ月以内に、異議申立が可能です。申請により、2か月の異議申立期間の延長が認められます。

権利

➀存続期間

商標権の存続期間は、10年です。

➁ダブルアイデンティティと類似

商標同一、商品・役務同一は侵害です。

また、商標、商品・役務の類似範囲は、混同を条件に侵害となります。

類似に形式的に該当するだけでは、侵害ではない点が、日本とは異なります。海外ではこちらが一般的です。

③商標登録表示®の使用の考え方

®の使用は、香港でその商品・役務が登録されている場合に使用可能です。**香港、あるいは、他の場所で、商標を登録していないのに、**®を記載すると、違法になります。

この点は、中継貿易が多い、香港らしい考え方だと考えます。

その他

➀優先権は主張可能

パリ条約の加盟国の出願、WTO協定の加盟国による出願に基づく、優先権主張が可能です。

➁マドプロで指定できない

マドプロ出願で、香港を指定できません。しかし、2020年の商標条例では、香港特許庁にマドプロ加盟に基づく詳細を決める権限を付与していますので、近い将来、利用可能になる予定とはいえます。

③防護標章登録、証明標章登録、団体商標登録

防護標章登録が認められます。連合商標登録制度は無くなりましたが、防護標章が残っています。こちらも旧英国商標法の影響です。

その他、証明標章登録、団体商標登録の制度があります。

2025年5月23日 弁理士 西野吉徳