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Article 知財インサイト

2026.06.03

【連載】これからの中小企業のための海外商標戦略シリーズ第2回:【グローバルネーミング】世界のルールへの適応と、戦略的ネガティブチェック。商標のネーミングの過程は、自社のブランドのあるべき姿を「見える化」する事業分析である

第1回では、海外において自社のブランドを安全に使うための権利(商標権)を早期に確保することが、「自らの存在を示すための戦略」であり、全社員の誇りとなる「旗印」であることをお伝えしました。

国境を越えてビジネスを展開する決意を固めた経営者が、いざ海外進出の第一歩を踏み出そうとしたとき、最初に立ちはだかる大きな壁があります。それは、「自分たちが丹精込めて育て上げたブランド名は、現地の法律で商標登録できるのか、そして現地で受け入れられるのか」という、グローバルネーミングの壁です。

ネーミングは創造的なプロセス

ブランドを考え、商標権を取得するためのプロセスは、決してネーミングコンサルティング会社や弁理士といった、外部の専門家に丸投げすれは済むような話ではありません。

ブランドディングは、ブランドの在りたい姿と現状を対比し、その齟齬を埋めていくという活動です。その中でも、ネーミングは、最も創造的な行為であり、重要な活動です。トップの思いを共有した社員が、ネーミングに真剣に向き合うことで、自社の強みと戦うべき領域への理解が深まり、組織全体のビジネスレベルが飛躍的に向上していきます。 実は、ネーミングの検討は、特許、意匠の検討と同様に、事業・市場の分析、強み・弱みの分析が必要であり、相当に創造的な行為なのです。ネーミングは、自社ブランドのオリジナリティ(差別化のポイント)を客観的に観察し、ブランドを創り上げていく、創造的なプロセスです。法技術的な問題から、商標は「選択物」などと言いますが、ビジネス感覚からは完全にズレており、酷(ひど)いなという気がします。

失敗を防ぐ「ネガティブチェック」と「受容性調査」の重要性

海外進出において、法的な登録可能性と同じくらい重要なのが、そのネーミングが現地でどう受け止められるかという「言語・文化的な受容性」の確認です。

まずは「ネガティブチェック」です。これは、候補となっているブランド名が、現地の言語やスラングで悪い意味、卑猥な言葉、あるいは宗教的に不適切なニュアンスを含んでいないかを確認する作業です。日本では響きが良い言葉でも、一歩外に出れば思わぬ誤解を招くことがあります。このネガティブチェックは、現地の弁護士・弁理士のような法律専門家でも可能なことが多いです。

次に、一歩踏み込んだ「受容性調査(リンギスティック・チェック)」があります。これは、現地のネイティブスピーカーに対し、「その名前からどのようなイメージを抱くか」「発音はしやすいか」「親しみやすさはあるか」を調査するものです。 ブランドとは、最終的に消費者の認識の中に作られるものです 。企業が意図した「目指す姿」と、消費者が抱く「実際の認識」に離齟齬(りそ)がないかを事前に確認することは、ブランディングにおける「真実の瞬間」を左右する極めて重要なステップです 。 受容性調査は、現地会社の社員や取引先で行うと思わぬバイアスがかかることが多いように思います。よって、費用はかかるのですが、ブランドコンサルティング会社のバーバルの専門家にやってもらい、客観的で、参考になる意見を聞くことが望ましいといえます。

柔軟性、グローバルネーミングの成功例、ハウスマークは日本語が多い

日本の産業史を彩る先人たちは、このグローバルネーミングの壁に幾度も跳ね返され、柔軟な決断を下してきました。

1957年、トヨタ自動車がアメリカへ進出した際のブランドは「トヨペット(Toyopet)」でした。しかし、アメリカの消費者には「Toy(おもちゃ)」と「Pet(ペット)」の組み合わせに響き、脆弱なイメージを与えてしまいました。トヨタは即座に「トヨペット」の名称を封印し、「TOYOTA」へとシフトする冷徹な決断を下しました

Toyopet Crown: America’s first Japanese car

また、松下電器(現パナソニック)も、国内で絶大な知名度を誇った「National」が、多くの国で「国家的・国立の」という一般的意味を持ち登録できないという現実に直面しました。そこで彼らは、海外市場を切り拓くための新たなブランドとして「Panasonic」を創り出し、やがて全社の統一ブランドへと昇華させたのです。

ファーストリテイリングの柳井正氏は、香港進出時に弁護士のミスで「UNICLO」が「UNIQLO」と登録されてしまった際、即座に「Qの方が視覚的に美しい」と判断し、それをグローバル表記として採用しました。

「UNIQLO」の名前はスペルミスから生まれた? あの世界的大企業も……

また、かつてユニクロは、夏向けの機能性インナーにおいて、女性向けを「サラファイン(Sarafine)」、男性向けを「シルキードライ(Silky Dry)」という2つの異なる商標で展開し、国内で大成功を収めていました。しかし、2012年のグローバル展開のタイミングで、これら国内の成功ブランドをあっさりと捨て、男女兼用の全く新しい一つのグローバルブランド「AIRism(エアリズム)」へ世界統一したのです。「AIRism」は、グローバルで通用するネーミングの成功事例の一つです。(※AIRismは、日本人向けのサラファイン、シルキードライよりも、外国人にも意味がイメージしやすく、ネーミング的にも秀逸です。)

少し、視点が変わりますが、日本の大会社のハウスマーク、コーポレートブランドは、日本語をローマ字表記したものが圧倒的に多いです。MITSUBISHI, TOYOTA, HONDAなどです。これは、韓国のSAMSUNGや中国のXIOMIでも同じです。近年では「山崎(YAMAZAKI)」「ユニクロ(カタカナ)」など、日本語をそのまま使用してブランド価値を高める成功例も増えています。日本語の響きを活かし、世界に打って出ることも、一つの戦略ともいえます。商標実務をしている方なら分かると思いますが、中国語のピンインのローマ字表記の出願は、日本人には読めないことが多く、日本では商標登録しやすいのですが、海外においては同じことが日本語由来の商標についていえると思います。

「特許」と「商標」との違い:絶対的な「使用権」の確保

知的財産権の重要性を語る際、「特許」と「商標」はしばしば並び称されます。しかし、経営戦略の観点から見ると、この2つは法的な性質やビジネスへの影響が決定的に異なります。

特許の場合、自社で画期的な改良発明を生み出します。しかし、特許権を与えられたとしても、それをそのまま事業として実施(製造・販売)できるとは限りません。なぜなら、その改良発明の土台となる「基本発明」の特許を他社が握っていた場合、その他社の許可(ライセンス)がなければ自社の発明を実施できない「利用発明(利用特許)」の関係が生じるからです。特許は「他人の実施を排除する権利」であって、必ずしも「自分が自由に実施できる権利」を担保するものではないという側面があります。

一方、商標は全く異なります。現地の特許庁の厳格な審査をパスし、無事に「商標登録」が認められれば、それは「あなたの会社が、その国でそのブランド名を独占的かつ安全に使用できる」という絶対的なお墨付き、すなわち「使用権」の獲得を意味します。

商標登録さえ確保できれば、他社から「その名前を使うな」と訴えられる恐怖から解放され、安心して製品の生産やプロモーションに莫大な資金を投下できます。だからこそ、世界で戦う企業は、何よりもまず各国での登録を完了させ、「自社ブランドを安全に使える状態にすること」に注力するのです。

識別力をはじめとする絶対的拒絶理由と最適な「出願ルート」の選択

識別力、品質誤認、公序良俗違反など、絶対的拒絶理由と呼ばれるものが重要です。類似など先行商標との関係が重要と思ってしまいますが、類似などは各国の差があまりありません。例えば、ロゴに「JAPAN」や「TOKYO」といった地名が含まれる場合の各国のルールの違いがあります。国によっては「産地誤認を招くため『JAPAN』を削除しなさい」と求められる国もあれば、「JAPAN」の部分には独占権を主張しない(権利不要求:Disclaim)」するだけで、ロゴ全体としての登録を認めてくれる国もあります。

各国の審査基準や受容性を踏まえた上で、いざ出願戦略を立てます。主に、出願ルートの問題です。

  • マドプロ(国際登録): 日本の出願を基礎に、一つの手続きで複数国へ一括して出願できる効率的な制度。
  • 現地事務所への直接出願: 特定の国に絞って、迅速かつ確実に出願したい場合に適したパリルート。

また、国内は自社でできた会社でも、外国商標となると、不安があります。

  • 自社でマドプロを使って、外国出願する: 努力すれば、なんとかマドプロ出願まではできると思いますが、中間処理は現地代理人に依頼が必要であり、現地代理人網の構築がネックになります。
  • 日本の弁理士をハブにする: 自社のビジネスモデルを理解した専門家に伴走してもらい、現地の拒絶理由に対しても戦略的な反論を行う、中堅・中小企業にとって最も安心なルート。特に中小企業やスタートアップにおいては、親身になってくれる、信頼できる弁理士と出会えるかは、その後の商標体系構築において大きなポイントになります。通常は、日本の弁理士に依頼することをお勧めします。

自社のリソースと将来のビジョンを照らし合わせ、最適なルートで「ブランドのパスポート」を取得する準備を整えてください。

商標というインフラを整える道筋は見えました。次回(第3回)は、このパスポートを取得するために立ちはだかる費用の壁をどう乗り越えるか。スタートアップや中堅企業のための出願費用戦略について深く掘り下げていきます。

2026年6月3日 弁理士 西野吉徳